2011年06月12日

利益相反問題から考える 人は変わらないということ

神保哲生・宮台真司のビデオニュースドットコム 今週のトピック。




政府がこのほどIAEAに提出した報告書には、原発を推進する立場の経済産業省の中に、原発の安全性を監視する原子力安全・保安院が置かれている「利益相反を解消する」ことが明記されているという。しかし、それを読んだ各国政府の関係者たちは、その英断を評価するよりも、そのような利益相反を放置したまま、40年以上も原発を推進してきた日本政府のガバナンスの欠如ぶりに、一応に驚くことだろう。
 どうも、日本人の辞書には「利益相反」という言葉が、存在しないらしい。このほど立ち上がった原発事故調査検証委員会にしても、同じなことが言える。今度の原発事故で調査されるべき主体が、東京電力と政府であることは明らかだ。政府の対応が適切だったかどうかを検証する委員会が、政府の、とりわけ内閣によって人選され組織されていることは、典型的な利益相反以外の何ものでもない。
 マスメディアが記者クラブという形で、自分たちがチェックしなければならないはずの役所から、特権的・排他的なアクセスを保証されているのも、本来放送局がチェックしなければならない対象であるはずの総務省が、放送局にとっての命綱である放送免許を付与しているのも、いずれもあからさまな利益相反だ。
 なぜわれわれはこうも利益相反に無頓着でいられるのか、神保哲生と宮台真司が議論した。


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いろいろな事が腑に落ちる議論だった。

最近自分が考えている事を二人の議論に絡めて。


【社会は自明でも自然でもない チェックがないと健全性は担保されない】

社会の仕組みやルールは(あるいは自分の仕事の段取りに至るまで),たまたま出来てしまったものが「だた回っているだけ」で,それが時々の合理性や正義に叶っていると思うのは幻想だ。宮台真司はこれを丸山真男の「作為の契機の不在」という言葉を用いて説明する。社会の成り立ちはいろいろな「たまたまのきっかけ(契機)」でしかなく,それが経路依存的に続いているだけだ,と。だからそもそも健全性は保障されていないし,放っておけばどんどん劣化する。「郷に入れば郷に従え」は誤った行動だと僕は思っている。「郷に入れば,その郷を自分の良心と合理性で検証し,それが自己の利益にも全体の利益にも叶うと判断した場合にのみ従え。」ということになろうか。そうでないと公益が保てないばかりか,存続もしない。

【人は変わらない ただその時々の合理性に従ってゲームを行うプレイヤーに過ぎない】

人は変わらない。

大きな出来事があったからと言って,人は急には変わらない」(香山リカ)
刑事司法に携わる人(含むマスコミ)は、安易に「反省」という言葉を使いますが、人間はそんなに簡単に反省するとは思えません。」「法務省の矯正担当者が考えるべきは、その人が反省しようがしまいが、再び犯罪を行わないように教育し、更正させること。」(江川紹子)
薬物依存症はれっきとした精神医学的障害です。決して意志が弱いからでも反省が足りないからでもありません。そして精神医学的障害である以上、いくら説教や叱責、あるいは罰を与えても、それでよくなるものではないのです。」(国立精神・神経医療研究センター)


内なる自己変革などというのはアテにならない。人間はそういう生き物なのだ。一人一人の行動を変えるための個別の手法はいろいろあってもかまわないが,皆が自らを律する事でしか成り立たないようなルールは持続的に機能しない。そういう制度は設計ミスだ。

イカサマはいけない,と力士にいくら教育したところで,自分は負けても何も失う物はない,一方で相手はこの一番で勝てば給料が維持される。アイツ子供生まれたばっかりなんだよな,というケースで,相撲に微妙な影響が出るのは当たり前ではないだろうか。千秋楽を7勝7敗で迎えた力士の勝率が7割という事実がそれを裏付けている。それを「指導の徹底」とか「国民の糾弾」で改善するしようと言うのはシステムとして有効でない。

もちろん皆が自律的に行動できればそれは結構な事だが,仮に「倫理的」でない行動を取る人が現れたらたちまち崩壊するようなルールでは心許ない。己の倫理なんてあやふやなものだから。全てのプレイヤーが己の利益のために合理的に行動すれば,それが全体の利益につながるようなゲームでなければ持続しないのだ。

環境問題は善人では解決できない,と言われる所以もそこにある。

最近この事をずっと考えている。反省を踏まえて(笑)。






posted by かぜだより at 07:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
風だよりさんの思考の息(?)が長すぎて、私にはついていけませんが、
最後の2行が言いたいんでしょうか?

暗喩、とか、隠喩、とか、ぺダンチックな外装をはぐと。



「善人だったから、環境問題を解決できなかった」ことを反省している???


どうも、年のせいで、気が短くなってて、すみません。
Posted by とびら at 2011年06月13日 14:02
人は変わらないんだなーと思っていた事と,社会って合理的に構築されていないんだなーと思っていた事がつながっただけです。

文章には分かりやすいメッセージがあるはずだと思うのは年のせいというより編集者病? ツイッター病?(笑)

僕の書くことなんてのはただの排便行為で,共感してもらおうとか,人を動員しようとかいう気はまるでないですね(笑)。

すみません。



Posted by かぜだより at 2011年06月13日 19:40
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